認知症対策
認知症になって判断能力が低下すると、預貯金や不動産の管理などを適切に行えなくなってしまいます。
認知症の事前対策として民事信託(家族信託®)を活用してみるのも1つの方法です。
成年後見制度との違いも併せて押さえておきましょう。
認知症対策が必要な理由
認知症を発症してからでは、財産管理や相続対策などを適切に進められなくなるため、あらかじめ必要な準備を整えておくことが重要です。元気なうちに必要な手続きを行っておくことで、いざという事態に備えることができます。2019年に厚生労働省が公表した「認知症施策の総合的な推進について」によれば、2025年には認知症患者が約700万人と、65歳以上の5人に1人が認知症になると見込まれています。誰にとっても認知症対策は欠かせないものであると言えるでしょう。
民事信託(家族信託®)とは
高齢社会の進展に伴い、日本の高齢化率は増加傾向にあります。内閣府が公表している『令和2年版 高齢社会白書』によれば、2019年10月1日現在において日本の総人口に占める65歳以上の人口は3,589万人となっており、高齢化率は28.4%です。
平均寿命や健康寿命の伸びは見られるものの、認知症や介護のリスクも高まっています。そのため、老後の生活を安心して送るための取り組みが重要視されており、2007年に改正された信託法によって民事信託(家族信託®)の仕組みが整えられました。
商事信託が信託銀行などを受託者とするケースが多いのに対して、民事信託(家族信託®)は家族を受託者とすることができ、家族に財産管理を任せることができます。財産管理だけでなく、財産の承継の仕方を指定するなどの相続対策の機能も有しているため、ご家庭の状況に合わせた多様な運用ができます。
成年後見制度との違い
高齢者の暮らしを支える仕組みとしては、成年後見制度と呼ばれるものがあります。成年後見制度は、認知症などで本人の判断能力が低下してしまった際に、本人のために財産管理や身上監護を行う仕組みです。
成年後見制度には2種類あり、「法定後見制度」は本人の判断能力がなくなってから、「任意後見制度」は本人の判断能力があるうちに受託者と契約を交わし、判断能力がなくなってから契約の効力が発動するものです。ただ、どちらの仕組みも直接的に本人の利益とならないような行為は行えないため、積極的な財産の処分や不動産を利用した資産活用などは裁判所から認めてもらうのは難しいといえます。
一方で、民事信託(家族信託®)は「本人の目的達成保護」が優先される仕組みとなっていますので、信託の目的に沿っていれば受託者が委託者に代わって財産の管理や処分を行えます。
そもそも民事信託(家族信託®)は、特定の財産の管理運用のための手法で、設計にあたっては、財産を委託する人(委託者)、財産を託される人(受託者)、財産の運用などで生まれる利益を受け取る人(受益者)を決めます。そして委託者と受託者の間で信託契約を結び、信託の目的にのっとって受託者が預かった財産を管理していきます。
民事信託(家族信託®)のメリット・デメリットと手続き
民事信託(家族信託®)の仕組みをうまく活用するためには、メリット・デメリットをきちんと理解しておく必要があります。ご家庭の状況に合わせた信託を作りあげることで、いざというときにしっかり機能する備えとなるはずです。実際に利用するときに必要な手続きや費用についても解説していきたいと思います。
民事信託(家族信託®)のメリット
民事信託(家族信託®)が持つメリットとしては、元気なうちに受託者に財産を任せることで、資産凍結や口座凍結を防げる点が挙げられます。受託者に財産管理を委ねることで、本人の判断能力が低下しても「本人の意思確認手続き」を行わずに済むため、受託者主導で財産の処分などが行えます。
成年後見制度よりも柔軟な財産管理ができ、本人の希望に沿った資産活用につなげられます。民事信託(家族信託®)であれば、委託者が亡くなった後の財産の承継について、まず、妻に相続させ、妻が亡くなった後は長男にというように承継者の順番を次の代まで指定することができます。
遺言も承継者を指定できますが、こちらは1代限りです。これに対し、民事信託(家族信託®)は、信託の設定から30年経過した後に、新たに受益権を獲得した受益者が亡くなるまでは、指定した順位どおりに承継されることになります。
相続人同士のトラブル回避や高齢の配偶者の生活資金をサポートするといった運用も可能です。また、民事信託(家族信託®)には「倒産隔離機能」が備わっており、委託者や受託者が差押えを受けたり破産をしたりしても、信託財産は影響を受けません。
老後の認知症対策、財産管理から相続対策まで、元気なうちに一貫して手当てできるのが民事信託(家族信託®)のメリットです。
民事信託(家族信託®)のデメリット
民事信託(家族信託®)には多くのメリットがあるものの、気をつけておくべき注意点も存在します。たとえば、信託契約の受託者には成年後見制度のような身上監護権がありません。そのため、受託者の立場では病院への入院手続きや施設への入所手続きは行えないことになります。ただ、一般的には子どもや家族であれば、信託契約や成年後見の契約とは関係なく、入院・入所の手続きは行えます。
他には、受託者を誰にするかで揉めるケースもあるため、家族間でしっかりと話し合うことが重要でもあります。
また、受託者は委託者の財産管理を任されているだけで財産を取得するわけではありません。それにもかかわらず、信託の設計の仕方によっては税負担が重くなってしまう場合があるので注意が必要です。どのような設計にすると税務面でどのような影響を与えるかに関しては、専門家に事前に相談したほうがよいでしょう。
民事信託(家族信託®)は遺言機能を備えていますが、遺留分については慎重に考えておきましょう。遺留分とは、相続人が最低限得られる相続分のことであり、これを侵害すると遺留分侵害請求の対象になる恐れがあります。
必要な手続きと費用
民事信託(家族信託®)の契約は口頭でも成立はしますが、トラブル防止のために信託契約書として書面に残しておくことが大切です。信託契約書を公正証書として作成する場合には、信託財産額に応じた公証人手数料を支払う必要があります。
また、信託財産の中に不動産がある場合は、固定資産税評価額の0.4%を登録免許税として納めなければなりません。
信託の設計を司法書士などの専門家に依頼するときには、報酬分の費用も発生します。信託財産額によって支払うべき報酬額は変わってくるので、どのくらいの費用がかかるのかをあらかじめ問い合わせておくとよいでしょう。